『アンドゥ家の一夜』とスリラー

『アンドゥ家の一夜』Img_0354_3
作   ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出  蜷川幸雄
@彩の国さいたま芸術劇場小ホール
(6/19)

ついに観ました。
さいたまゴールドシアター!

まずは、
これは意外!or新鮮!と思ったこと。

① 上演時間が長い
平均年齢70歳 最高齢83歳の出演者(一般から募集されたメンバー)で、
みっちり3時間半の上演。
思ってたよりも、濃密な時間でした。
ちょっと、実際に観ないと分からないような、
不思議なパワフルさが持続。

② 独特のバランス感覚
高齢とはいえ、演技や役作りが不完全という印象はなかった!
問題は、主に、セリフ覚えとかちょっとした動作のタイミングとか。
純粋に身体的なことに限られてるみたい。そこで、演出の蜷川氏も、
言っています・・・「だからこそ、おもしろい」って。
高齢の身体って、制限されているけれど、雄弁でもある。
そこにあるだけで十分に「人生」を伝えてしまう。それが、演劇的に
吉と出るか凶と出るかは、いつも予測不可能。
自由と不自由の“微妙なバランス”、おもしろいなー。

③ プロンプター  
舞台のぐるりには、プロンプター軍団(若い)が。
公演二日目だったためかしら?プロンプターの、
はっきりきこえるヒソヒソ声にドキドキ!
後半からは、朗々と響く蜷川プロンプまでもが
随所に入ってきて、おかげで、終幕にさらなる緊張感も加わっておりました。
わたし、プロンプのある舞台って、今回初めて観た。
これは、これで興味深かったの・・・。

次に、予想通りと思ったこと。

それは、
ケラワールドって、けっこう
ゴールドシアター向きなのかもしれない・・・ってこと。
このお話では、
高校の恩師危篤(92)の知らせを受けて、
中高年の教え子たちがポルトガルに集合。
(哲学者の恩師の住まいは、今はポルトガルにあるという設定なの)
そこで、はじまる“同窓会ムード”に、
現地住民との違和感がさし込んで、ドラマが生まれてく。
こういう設定って、不思議なことに、
わたしたちの日常の枠を手づかみでゆらしてくるみたい。
登場人物たちの記憶や関係がつくる大小の水たまりに、
高齢じゃない観客たちも落っこちて、ゆらゆら。うるうる。
もちろん、それが、
ポストモダン的かどうか・・・なんて考えなくていいのだ。

とにかく、このゴールドシアターには
大きくゆったりとした感情の振れ幅を感じたのです。それは、
よくある“ご長寿ほのぼの感”ほど甘くはない・・・そこが演劇的にも
あたらしいかなと思う。

ちなみに、今思うと、美しいセットに、 
出演者全員が勢ぞろいしたカーテンコールと
ちょうど、あのマイケルの『スリラー』のPVが重なるような~。
狂気(死)との距離を、最短距離にググッと縮める感じ。
ふつうの劇団とはちがうけど、プロの舞台になっていた!
(となりの人、前半だけで帰っちゃダメよー)

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多国籍『桜姫』

『桜姫』~清玄阿闍梨改始於南米版~Cherry_6
原作  鶴屋南北
脚本  長塚圭史  
演出  串田和美
@シアターコクーン   (6/8)

渋谷の現代版『桜姫』。
これは、なんだか、「おや、ブレヒト?」という感じ。
ブレヒトにはパンクになりがちなところもあるけど、
この舞台は、パンクではないです。
なぜ、今、
桜姫をブレヒト定石っぽくするのかなあ?(“南米版”だけど)
この上演をみただけでは、
ちょっとよくわかんない。おちつかない。

主人公は、マリア。
(娼婦ジョゼ、旅芸人・・・など多人格をみせる大竹しのぶ)
これは、名づけ的に、しっくりこないです。
だって、“お姫さま”じゃなくて、“マリア”なんだもん。
あの、お江戸の桜姫を、
いきなりマリア(聖母)と呼んではダメなのよ、たぶん。
(かといって、フリーダとかエビータとかでも、へんねえ――笑) 
やっぱり、姫は姫。だから、おもしろいのだと思う。                         

因縁が絡み合う。

プロットは原作とほぼ同じなのです。(猟奇要素は意外に少なめ)
ちがうのは、結局、
マリアが悪人も善人も大きく包みこむ人になってるところでしょう。
マリア先生って呼びたくなる?
あ、いけない。それじゃ、
去年の『女教師は二度抱かれた』(松尾スズキ作・大竹しのぶ主演)に
なっちゃう。
でも、じつは、わたし、この「女教師」は、
「桜姫」に似てるって去年思ったの。そこぬけにめちゃくちゃで、
とびきり哀れなところが。

それにしても、歌舞伎のほうの舞台で、
姫がよく言う「好かねぇ~よ~~オ」(福助節)は、やっぱり、
日本のパンク!デスdeath

姫ちゃま、あなたの美のポイントは、太く多国籍なまゆげなのでしょう?

そして、おそらく、
あなたが
ちょっと耳の遠くなったブレヒト氏ともう一度とすれ違う宇宙が、
わたしたちの未来になる。

好きだったのは、
ぶちまけられたピンク、グリーン、イエロー。(松井るみ美術)
はじめに、木の十字架と太鼓だけが
ゴロン×ゴロンとありました。                                                                                              

         

 

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『楽屋』は、くりかえす

『楽屋』~流れ去るものはやがてなつかしき~Gakuya3_2
作 清水邦夫
演出 生瀬勝久
@  シアタートラム (6/25)

くすんだキラキラ感のある舞台、好き。
たのしいことより、
人生で、
うんざりするようなこと、恐ろしいことが
この舞台にはころんころんとのっかてる感じ。だけど、
いやじゃない。
なにかについて、
“考えさせられる”のって、つまんない。
“考えさせられる”
のではなくて、
“考えたくなる”のがいいの。そういうお芝居でした。

ここは、『かもめ』のニーナを演じる女優の楽屋。
でも、鏡台の前では
よくわからない二人が、ぶっちょう面でメイクをしては、
おとして・・・をくりかえしてる。

女優A・・・渡辺えり
女優B・・・小泉今日子

どうやら、二人は、万年プロンプターみたい。スポットライトなんて
一度も浴びたことない。
このでこぼこコンビのかけ合いが、おもしろい。(前半)
小泉がニーナ、マクベス夫人になってみせれば、渡辺はトリゴーリン、
はたまた幕末の博徒にも。
今だけは、パッと主演女優(俳優)の表情に変わる感じで、生き生きと。
(渡辺えりさん、くるくる動く!芸達者ぶり全開)

よくみると、Aの顔には大きな傷。
Bの首には血ぬれの包帯。
戦争や失恋の痛手を負ったまま、まだそこから立ち直れていない彼女たち。
なげやりな会話のなかに、せつなさがいっぱいなのです。Gakuya2_3
そして、せつないのは、

女優C・・・村岡季美
女優D・・・蒼井優

だって、同じ。
Cは、この楽屋の主で、実際に舞台でニーナを演じている女優。ツンケンした
「あたし、女優よっタイプ」になっていて、おかしいくらい。
(プライドとうらはらの孤独、自分の弱ささえ、ひねりつぶさんばかりの
  女優の凄味をだしてる村岡演技) 
そこで、一見して、Cは勝者、ABは敗者
という関係を崩すみたいに、夢遊病的な若い女優Dが現れて、言う。
「わたし、いま、眠りから醒めたの。ニーナは、私が演じます。
ニーナの役を下さい」って。

まー、おそろしい。で、結局、
怖れを知らない若いDが、高飛車なCから役を奪うという展開も
ありえるでしょ?でも、ここでは、
Cがわが身を死守。そして、Dは哀れなABのほうと
交わってゆくことに。
自分のこころの内だけに生きていたAB(この二人、じつは幽霊的)が、
Dとの出会いから、世界をとりもどしてゆくようすには、なんとなく、
ドラキュラが少女をひきよせてゆくような、あやしい官能もありました。
蒼井優ちゃんは、思ったより背が高くて、大きな赤ちゃんみたい)

そういえば、
この一週間前にみた清水戯曲『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってくる』は、
“女優”の生きざま、そのかたちを、かっこよくみせていた。             http://monami.cocolog-nifty.com/monya/2009/06/post-367b.html
『楽屋』は、ちがう。
この楽屋では、いつも、
女優/女性(個人/社会、生/死)の 
境界が曖昧になって、
溶け合ったり、離れたりをくりかえしてる

で、くりかえし・・・っていえば、つい先日のことなんだけど、
おもしろい美術作品をみたの。
60~70年代の映像作品を集めた展示
『ヴィジョンを待ちながら』@東京国立近代美術館  のなかの一作品。
作家は、メキシコ在住のフランシス・アリス。赤い車が、メキシコの
乾いた山道をのぼっていく。頂上につくぎりぎりのところで、バックして下りてくる・・・
これが20分くらいただくりかえされる映像。
この無意味な(ある意味皮肉な)くりかえしが、だんだん、のんびりと、
ここちよくみえてきた。単純にね。

それで、こんなようなここちよさみたいなのが、77年初演の『楽屋』というお芝居にも
あったんだなと思った。戯曲の魔力のせいかしら?それとも、2009年の
生瀬演出のせい?
俳優としてもおもしろい生瀬さん。なんだかメキシコっぽいお顔かなということで、
フランシスともメキシコつながり?

いえ、いえ、それはさておき、ABはDに言う。
「もう、自由にはなれないのよ」
ここで、なぜか、わたしが思い出したのは、『ゴドーを待ちながら』。
でも、さいごに彼女たちが言うのは、
『三人姉妹』のあの絶望の果ての名セリフだった。Taihako_2
--それがわかったら、それがわかったらねぇ
(“小泉今日子マーシャ”が、ぴったり!)
ある一瞬の輝きを過去に知っている、あるいは未来に
予感しているからこそ、
今は暗い“永遠”(くりかえし)を生きている・・・・
そんな三人があつまると、“なかま”が生まれるのかな?
となると、
女子は人生でなにを信じると、
時間がビタミンになるのかな?

なんてことを、”考えたくなる”舞台でした。☆

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大階段に『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』

『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』
作 清水邦夫
演出 蜷川幸雄
@ シアターコクーン Deux3_3 (5/15)

5月は、たまたま清水邦夫作品を2本つづけてみました。
ひとつは、『三十人のジュリエット』で、
もうひとつは『楽屋』ね。
ふたつとも、
“女優”の、“こころの葛藤”をみせているんだけど、
『楽屋』のほうが、親密な感じがする作品で、好き。

でも、『三十人のジュリエット』のほうも、迫力満点。
この舞台のターゲットって、どんなひとかしら?
(82年の蜷川演出を観ているような、“演劇好き”以外には・・・) 
① 中高年以上
② 宝塚ファン
③ 女子校演劇部出身
どれかにあてはまるひとなら、
キュンとならざるをえないところがあったと思うわ、たぶん。
(②と③では、戯曲の志向が違うから、女子が演じる男役の見方も
違ってくるみたい。 ちなみに、わたしは③ )

だって、
これは、空襲でなくなってしまった「しゃくなげ少女歌劇団」(百貨店に付属)が、
三十年ぶりに再結成するというお話。
(モデルは、実在の「だるま屋少女歌劇団」?)
舞台中央には、大階段
そこに、いきなり、
リボンとちょうちん袖に飾られた真っ白なお姫様ドレス&たてロール髪の
三田和代さんが登場! 
ハッとさせられます。
楚々とした佇まいのなかの哀愁、可憐なジュリエットのセリフ。
三田さん演じる風吹景子は、歌劇団がなくなったことが信じられず、
当時の相手役を三十年間ずっと待ち続けている・・・。

この状況って喜劇?それとも悲劇?
そんなありがちな二者択一は無意味にしちゃう暴走舞台で、
一応スカッとする感じ。
毬谷友子with三十人のジュリエットたちが、
ほとんどドイツのロックオペラみたいに歌う。(叫ぶ)
(曲は、ニナ・ハーゲン。忌野清志郎なども)
そう、“暴走”といえば、
オーラ (とても大きな演技。魂をまるごとぶつけるみたい、)
真琴つばさオーラ(憂い声が、素敵!)
これにみとれることに、わたしも暴走しました。

さて、風吹景子が待つ相手役の弥生俊(鳳)は、今は盲目。
それでも、二人はすぐにあの頃の“ロミオとジュリエット”に戻るのです。
激しい情熱をぶつけあう二人。
そして、思ったとおりの結末。
世紀のベストカップルは、死をもって永遠になる。(舞台裏で、ガターン!と転落)

「生きた真似より、死んだ真似」「死んだ真似より、生きた真似」
風吹景子がアンニュイにくり返していたことばが耳にのこりました。
これは、情熱の裏返し?
たぶん、こういう情熱(中高年の)って、綾小路きみまろ式に笑いに変えていくのが、
今の社会だったりする。けど、
やっぱり、人はいくつになっても情熱に触れたいの。
そこで、演劇がやらなくて、なにがやる・・・ってことをバッチリやるのが
清水邦夫戯曲なのねー。

それにしても、このパワフルな舞台は、Deux_3
いったいだれのお祭りだったのかしら?
さいごには、
若いエネルギーが爆発。
中川安奈・・・ダンス印象的
ウエンツ瑛士・・・小顔!女装かわいい)
ということで、世代交代のお祭りムードになってる。
ただ、わたしの周辺のウエンツ瑛士のファンっぽい子たちの
目は点になっていたわ。
公演のhpには、「大人の本気をなめるな」みたいなことも書いてあった。
たしかに、そう。
っていうか、でも、生死をかけた大人たちの夢に、若い感情をまきこむ・・・これこそが、
“大人”というより、
“劇作家”だけ のこころの大階段祭り
なんじゃなかろうか・・・なーんてね。あたまでっかちになっちゃった。

その点、
『楽屋』は、もうすこし小さな語りなので、ゆったりみました。
次のページで。                                                                            http://monami.cocolog-nifty.com/monya/2009/06/post-74ce.html

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3月・4月の舞台から

久々にお芝居ブログ再開!
ということで、
今年に入ってからみた舞台をザーッと思い出しつつ、Img_0323_3
とりあえず
“さかのぼりレビュー”してゆこうと思いまーす。

◆4月
『夜は短し歩けよ乙女』
原作      森見登美彦
脚本・演出   東憲司
@東京グローブ座

えっ、あの原作が舞台に?っていうパターンが好き。 
なので、ついついチケットを購入。

主人公のキュートな恋人たちを演じるのは、若手人気モデルの二人。
(田中美保・渡部豪太 )
おー、キュート。役者オーラ的には、どうなのかしら・・・?なんてことは関係ないような
お芝居なんじゃない?

そう、そう。
理系作者が書く原作は、キュートでテクノな青春おとぎ話。
あえて古風なボキャブラリーもかわいい言葉のお洋服に変えるみたいな、
頭脳派文体。

ということで、このキャスティングは、あり 。
(カツゼツ、がんばってー。ときどき、なに言ってるのかわからなかった)
ちなみに、「乙女」の衣装は賛否両論あったみたいだけど、わたしは原作の
イメージに合ってると思った。  むしろ、「羽貫さん(辺見えみり)」の演技が、ただの   
姉御風で、がっかり。この役は、もうちょっと古風な男装の麗人的にみせてほしい。 
若人をとりまくのは、キテレツな綾田俊樹・ベンガル・・・などなどで、
おもしろく観ました。全体的に、演出は、学芸会チック。というか、
そんなことも関係ないのかな。
とにかく“原作の世界観”ありきで、たのしめました。

                               

     Toy1_2

◆3月
『The Rainy Table』 珍しいキノコ舞踏団×plaplax
@シアタートラムImg_0312_4

わりと久々に『珍しいキノコ舞踏団』をみました。
独特のgirly×strangeな世界。

今回のplaplaxとのコラボをみて、感じました。
ダンスは、意志!
虹色ペガサス、お菓子たちの映像・・・etc
超キュートな夢を、
グッとしっかり明日につなげる、そんな意志。

           

            ・・・・・・・・・

                        ・・・・・・・・・

Img_0160

(「3月の舞台から『ストーン夫人のローマの春』」・・・

                       へつづきます)

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あっ、耳にもドーナツがついてるよ?

 

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3月の舞台から『ストーン夫人のローマの春』

『ストーン夫人のローマの春』
原作   テネシー・ウイリアムズImg_0310_2
脚本   マーティン・シャーマン
演出  ロバート・アラン・アッカーマン
@パルコ劇場

この舞台に限らず、
モナミは、”翻訳劇”はよくみるんだい。
人生にはちょっとした不自然さが、必要さ。

これは、第二次大戦後のローマのお話。
アッカーマン演出で 、なかなかプチ不自然           でした。
“ヨーロッパの官能と享楽”をあらわす、              ダンスパーティーのシーンとか。ククク。

そして、

カレン・ストーン・・・麻実れい 
伯爵夫人(コンテッサ)・・・江波杏子

わっっっ、ダブル目ヂカラ!!

カレンは、輝きにかげりのみえはじめた、アメリカの大女優。
伯爵夫人は、寂しい金持ち女性に、美青年を斡旋して暮らしてる没落貴族の一典型。

カレンは、夫の死後、
ふとおとずれたローマで、コンテッサに出会い、
ヨーロッパの底知れない欲望にとりこまれ、
次第に崩れてゆく・・・。
とても、とてもおそろしい、おそろしいくらいにやさしい・・・そんな作品であります。

登場人物が、みんなおかしいくらい濃いキャラ。(テネシー・ウイリアムズの世界)
ローマno.1の美青年・・・パク・ソヒは、いかにもな感じで直線的。
無言の男娼・・・鈴木信二の
ひろがるあやしさと、対照的です。

それにしても、                                             カレンとコンテッサを演じる二人の役作りは、それぞれにきめ細やか。
カーテンコールでは、カレンが一歩前に出て、
まぶしいゴールドのドレスで、たおやかに、くず折れるようなおじぎ。
その傍らで、ちいさな黒い羽根飾り帽をあたまにのせて、ほほ笑むコンテッサ。
カレンもコンテッサも、わたしたちのこころからは近くて遠いようなひとだけど、
意地っ張りのコンテッサが、ちょっと好き。

やー、なんだかフェロモンむんむんの3時間で、
今井朋彦さん(女優カレンをさいごまで支えようとする脚本家) の、
さわやかフェロモン、やっぱり印象にのこりました。

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えーと、それで、モナミのお芝居好きは、
『欲望という名の電車』からはじまってる。(また言ってる)
『欲電』の、かの有名なブランチって、破滅型で、ドライ。   

一方、同じテネシー・ウイリアムズの
この作品『ストーン夫人~』の
カレン・ストーンは、転落型で、ウエットね。
ブランチ派 or カレン派・・・あなたは、どっち???

(「2月の舞台から①」へ、つづく)

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2月の舞台から①『萬斎解体新書 その拾四』

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“さかのぼりレビュー”で、

鮭のようにさかのぼっておりまーす。

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◆2月
『萬斎解体新書
   その拾四 
「ひとがた(人形)」~自己と他者のディスタンス~』
@世田谷パブリックシアター

野村萬斎さんの、たのしいトークシリーズ。
今回のゲストは、
人形浄瑠璃の桐竹勘十郎氏と、分子生物学の福岡伸一教授でした。

この日、エアー文楽(??)
というおもしろいのをみたんだっけ。あえて、人形なしでみせる文楽のこと。

なんか、黒子3人組が、ぬき足さし足の泥棒になって、
わが家へやってくるみたいな、へんな感じでした。
つまり、文楽は、本来、
お人形と3人の黒子さんが、バランスよく組み合って、
一つの体が成り立ってるってわかる・・・1人が4人なの。

 「生命という名の動的な平衡は、それ自体、いずれの瞬間でも危ういまでの                       バランスをとりつつ、同時に時間軸の上を一方向にたどりながら折りたたまれている。
                        by『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一著)

そう、折りたたまれている 。
今、わたしはクリスピー・クリーム・ドーナツに折りたたまれている。

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(2月の舞台から②『ピランデッロのヘンリー4世』・・・へつづく)

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2月の舞台から②『ピランデッロのヘンリー四世』

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『ピランデッロのヘンリー四世』
作       ルイージ・ピランデッロ
上演台本・演出 白井晃
@シアタートラム

20年前のパーティーで、ヘンリー四世の扮装をして、         落馬した・・・。

以来、このお芝居の主人公は、自分はそのヘンリー四世(11世紀カノッサの屈辱の)なのだと思い込んでいる・・・ような、いないような・・・現代のお騒がせ男。

この「男」を演じる串田和美さんは、
40年前にも同じ役を演じたということ。
騒がしいだけではなく、
内省的で複雑な狂人像が、ぴったり。

男の、嘘のような本当のような20年は、
マティルダという一人の女性の20年に
影のようにずっと貼りついていた時間でもあるの・・・。

むむむ、ピランデッロ(1920代に活躍したイタリアの劇作家)・・・憎いわね。(*^_^*)

Apron5(2月の舞台から②『パイパー』へ、つづく)

                            

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2月の舞台から②『パイパー』 

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さかのぼりレビューで、
ひきつづき、おたのしみくだちゃい。

『パイパー』
作・演出 野田秀樹
@シアターコクーン

今度の野田作品は、

宮沢りえ
松たか子

の美声姉妹が主人公のSFでした。(宮沢はあえてハスキーにしていたけど、やっぱり美声)
なるほど、姉と妹の物語って、バランスがいい。(一人っ子のわたしからみると、姉妹ってやわらかい感じで、いいな)

そう見えるのは、
ひびのこづえ作のコスチュームが、かわいいから。

戯曲そのものは、“姉妹の会話テキストブック”みたいで、
そうか、そうか・・・とうなずきました。  が、
いつものように、野田式の日本語の言葉遊びになにかヒヤッとするものを感じて、
( 「火星府(家政婦)は見た!」・・・とか )
わたしは1ミリも笑うことのないまま、しずかに劇場を出たのでありました。         笑わない 、というのは、すべての言葉に、”意味”をはりつけて解釈を            うながす創作の方法に、共感しないということ。                   

 

後日、ある瞬間に、この舞台がひょっこり、わたしの脳裏にフラッシュバックなんぞしてきましたので、
“もにゃもにゃ歌人”モナミとして、こんなうたをつくりました。
(観劇からうたが生まれることって、わたし、めずらしいんだけど)

時間ってサーカスかしら?(かけ出した姉は妹の胎児になる)   モナミ

               Img_0128

(2月の舞台から③『しとやかな獣』へ 、つづく)

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2月の舞台から③『しとやかな獣』

『しとやかな獣』
作 新藤兼人
演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
@ 紀伊国屋ホール

偶然というか、運命というか・・・?
これ、わたしがだいぶ前(学生のころ)に、たまたまテレビでみて、
漠然とだけど、すごく印象に残っていた古い映画の舞台化だったの・・・。
それとは思わずに、チラシをみて、
このタイトルでケラ演出ならおもしろそう、ということで観にいったら、
あっ! となった、というわけ。

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それで、このシナリオのなにを覚えていたかというと、
「蕎麦には、ルチンが含まれてるからね。(からだにいいんだ)」   by船越英二
というクダリ。

本筋とは、関係ない。なのに、どうしてだか、
この会話のシーン、鮮明に覚えてる。
ルチンっていう栄養素の名をメモして、いつか              “ルチンのうた”をつくりたいと思ったんだっけかな・・・。
そのころから、メモ魔なの、わたし。

時は、高度成長期の日本。
一人のしたたかな、子持ちの未亡人が、
悪を悪とも思わない成り上がり家族を破滅させてゆく
というパターン。
これを今(不況・変革の時)みても、ただの悪ふざけとは感じません。

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美しく、魅力的な未亡人役は、映画では若尾文子。
ケラ舞台では、緒川たまき。
                           

(●1月の舞台から へつづく)

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