『サド侯爵夫人』言葉・顔・女性

『サド侯爵夫人』
作 三島由紀夫
演出 野村萬斎
@世田谷パブリックシアター(3/5)
ナイスキャスティングの『サド侯爵夫人』、
劇場に直行です。
ルネ・・・蒼井優
モントルイユ夫人・・・白石加代子
サン・フォン伯爵夫人・・・麻実れい
アンヌ・・・美波
シミアーヌ男爵夫人・・・神野三鈴
シャルロット・・・町田マリー
あの夜の『サド侯爵夫人』(時空限定)といえば、
まず、舞台をみていて、例のミシマ式怒涛の言語世界に、
どっと疲れる、くたくたになる~という感じが、それほどなかったような。
フレーズを伝える抑揚や、意味に合わせた所作ーー
その細やかさ、やわらかさ、美しさにすーっとひき込まれました。
もちろん、
各登場人物が、膨大な数量の言葉と闘い抜いていました!
舞台と客席は、 きわめて“ストイック”な時間を共有したのです。
(ただ、とにかく・・・ルネといえば、ここ数年、わたしの認知体系(?)は
篠井英介ルネ、東山紀之ルネの “不思議すぎるヴィジョン” に完全に
操作されていたのですから。
それぞれの舞台や、演技自体を比べることなんて
できない(しようとも思わない)けど、
こんどの蒼井優ルネをさいしょにみた瞬間は、
ルネってこんな感じ・・・って、ちょっとほ~っとしました)
ほ~っとしたのは、つかのま。
若くして、青冷めて秘密めいたルネと、世間知を駆使するモントルイユ夫人。
奔放な、ルネの妹アンヌ。それから、超かっこいいサン・フォン夫人に、
信仰篤いシミアーヌ夫人、しっかりメイドのシャルロット。
この、フランス革命前後を生きた個性的な6人の女性がすっかり出揃うころには、
舞台上は緊張のビームだらけ。
今考えるに、この舞台の独特の緊張ポイントは、やっぱり、
顔&衣装・・・ネ。
(あのミシマの言葉の重力を昇華するものとして)
衣装は、おや?(半田悦子)
『サド~』の時代背景にそのまま沿ってない。
現代っぽい。というか、どことなく日本のバブル期の匂いも。
好きだったのは、幕開きのサン・フォン夫人の乗馬パンツ。
明るくなる前の舞台に、手にムチをもってシュッと立つシルエット、すばらしい。
重たいドレス姿じゃないサン・フォン夫人に、
悪徳の香りがビビッドにただよいます。
アンヌは、ショートヘアーでミニスカート。
モントルイユ夫人の和服調ドレスは、
ちょっと翻案マクベス夫人みたい・・・計算された悪趣味というのとも
またちがった違和感をつくることが目的?
絢爛豪華なんかじゃなくて、スモーキーなムードの舞台。
奇妙な原風景を思います。
舞台は、高次元のヴィジョンに果敢にとりくみながら、
大文字の『サド侯爵夫人』と小さな感情のつながりを、
ていねいにつくっている感じ・・・これみよがしじゃなくて。
それで、先日の『萬斎解体新書~その弐拾~』(4/5)のトークで、
『サド~』の話が出てフムフムとなった。
“価値観が多様化した社会に生きながら、
大きな危機(自然と人間の対峙)を経験した日本人の心は今、
なんらかの“シバリ”を求めている・・・” by萬斎
とくに、“言葉による緊縛”が、今回の演出のテーマ。
ってことは、あれは、18世紀ヨーロッパよりも今の日本のハートに寄りそう
“シバリ”のモードだったのかしら。
6人の個性のちがいをはっきりみせるモードでもありました。
コルセットいっぺんとうでもなく、
ボンデージ、あるいはレディー・ガガ風でもない。中心のない、グレーと赤の悪夢。

やっぱり、女性が演じる『サド~』では、女性像が“生き生き” 。
各キャラが直立、正面向き、横並びで一気に語るシーンが多いということでしたが、
感情をのせたアクションも印象的だったのです。
(アクションはもうすこし少なめのほうが、言葉の骨格がみえてよかった気も・・・)
わたしが、緊張に囚われたのは、6人の表情筋の中に、
“観念上の女性(ミシマがつくった)がしっかり棲みついている!” とみえたとき。
研ぎすまされた言葉は、ひとのなかにあらたな人格を生む・・・ひとは、言葉によって
顔から生まれ変わるのか。言葉・顔・女性・・・この3つの組み合わせが、
いろんな出来事が起こる“タイミング” を決めていくのか。
さらに、6人の顔のサイズがとてもバラバラ。これにも、
なにやらそわそわしました~。
第三幕はじめの、
しずかに刺繍をしているルネ(ウィッグをとり、ウェービーヘアーに)のなかには、
たくさんの時間と言葉がとじこめられているようでもあり、
からっぽのようでもあり。
そして、今回の舞台のルネが針を刺す布の色は、黒。
ひととしての自信をすでに身につけた民衆代表シャルロットと、
社会を捨て、自分の“心のサド侯爵” を守ると決めたルネ。
2人のさいごの短いやりとりの、微妙なリズムが好き。
(男性キャストとちがうリズム)
なんと、さいごのさいごの瞬間に、
蒼井ルネ、にっこりフェイスなんです。顔だけが、闇にぽっかりと。
真実の、まっすぐな狂気の成就。
母モントルイユ夫人は、ちょっとおおげさな、一語ごとに玉手箱をあけて
ギョッとなるような語り方。萬斎演出による白石世界って、大好きです。
麻実サン・フォン夫人は、こわい。けれど、シャンソンみたいに優しい。
美波アンヌの、キレイな鳥のような発語感。
町田シャルロットの若々しい姿勢。
あと、これまでわたしは、この戯曲で、
つねに神の僕たろうとするシミアーヌ夫人は、
重要だが、どちらかといえば一面的に扱われていると思っていました。
けれど、今回の彼女っておもしろい。三幕の独白(神野節?)が、
たっぷりきこえました。貴婦人から尼僧になった彼女。
その心をパーッとオーバードライブさせちゃうものも、また言葉!
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