『トラディシオン/トライゾン』 ・ デュ・ショコラ

地点上演実験vol.4『トラディシオン/トライゾン』
テクスト ジャン・ジュネ
監修 三浦基
翻訳・構成 宇野邦一
@シアタートラム(9/4)
いつも京都で活動している “地点” の舞台、
東京でも、もっとみたい。
地点の舞台をみると、わたしは、
ちょっと、血糖値が上がる感じが、すき。
(朝の枕元のひと粒のショコラ・・・みたいな、目ざまし効果 )
この作品は、
ジュネの演劇論 『・・・・・・という奇妙な単語』のテクストを、
ダンスと語りの表現によって構成した40分くらいのものでした。
語り手は、セリフではない、エッセイの書き言葉を語る。
言葉の意味をバラバラにして、音声としてあらわす、へんてこな語り方。
テクストとともに、ダンサーは、“死者の身振り” をする。
2人の、鍛えられた演者は、
安部聡子×山田せつ子。
舞台上で、この2人は、もともと同じところに生まれ、
別々の時空をみてる。
ふと、青年団のころの、まるでセリフを“和服” みたいに着こなす安部演技に
ひきこまれたことも、思い出しました。(今回は、怒髪のアフロヘアーが、新鮮)
山田ダンスは、透徹のモード。 ゆれる両腕がそのまま旋律に。
ジュネは、言っている。
「劇場は、生きている墓地・・・石碑が2、3個のこっているようなところじゃなくて、
今も常に人が埋葬されつづけている」
客席にも、だんだんひややかな気がただよってきて・・・。
あとで、この舞台に、ちょっと似合う感じの一句に出会いました。
口紅使う気力体力 寒いわ
( 「・・・五・七・五という音調は、ひたすら信じて身を委ねていると、
あまりの安心のせいで、ずんずん流れていってしまう。だから、
時に抵抗したくなる。」 )
『シリーズ自句自解 池田澄子』より
生と死のうつろいを、ふっと思います。
(この舞台のコンセプトってーー
“近代的な自由の意味にとらわれない、
言葉と身振りのかんけいをかんがえる”ーーことか)
さいごには、2人はやっぱり、
ぺちゃり、という感じでよりそってゆく。
“一つの単語のなかでは、複数の意味がまざりあってゆく・・・” 的なことを、
テクストは語り、
トラディシオン(伝統)とトライゾン(裏切り)ーーみたいに、
あるいは、
気力と体力ーーみたいに、
2人は並んで歩いてく。(h音と鼻母音をきかせて・・・)
今回の、“宇野構成”による上演は、
これまでの “三浦演出” とは、またちがっているとのこと。
ポストトークでは、
“能のような形式性は超えないとダメ・・・”などと語られていた。
ただ、ラストで、2人の“演者の知性”が、
予定調和をつくっているかのようにみせてしまう構成は、
あたまでっかちぽい。(少しザンネンなような)
たとえ、その形式が、みょうちきりんでも、
内容は、とんちんかんじゃない・・・あ、だから、この舞台全体が、
ひと粒のショコラ。
演劇は、実人生に入らないエクストラな時間、とジュネは言ったそうですが、
今日のショコラは実人生に入るのです。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)






最近のコメント