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ブラック寅さん風 『WEARHOUSE』

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演劇集団円『WEARHOUSE』 
構成・演出   鈴木勝秀
@シアタートラム(10/5)







1年ぶりに 、スズカツ舞台に会ってきました。 
これは、オルビーの『動物園物語』をベースにした、
スズカツ式実験舞台のシリーズ。(15年つづいている)



ほんとうに、この『動物園物語』って、世界中で、いつの時代にも、
いろんな角度からとらえられる戯曲。2人の見知らぬ男の、出会いの悲劇。
すぐにパッと、
去年の『アット・ホーム・アット・ザ・ズー』@シアタートラムも思いだすのですが、
『アット・ホーム~』は、作者オルビー自身が、50年前の自作に、
あたらしい前景(夫婦の断章)を、つけくわえてみせたものでした。
この『ウェアハウス』は、もとのテキストをふまえて
日本の現代社会にダイレクトに迫るものです。



ある初老の男(橋爪功)と、
地域サークル「暗唱の会」のメンバーである中年の男(金田明夫)との
ふとした出会いが、おそろしい結末に。



舞台上には、“スズカツ×円”
ということで、シャープな語りを、円熟演技でみせる、橋爪世界がありました。
橋爪世界って、機敏な動きがすごい・・・。これは、野田秀樹舞台のときの印象。
(年齢を超越したアクション)
そして、今年の4月の『ゴドーを待ちながら』で、舞台を文字どおり駆けめぐっていた
ウラジミールのあのエネルギー。そういうものが、こんどは、
また、ちがったかたちで感じられました。



中年男の“上着” を、初老の男が、なんだかんだ言って奪ってしまう。 
上着は、なぜか初老男にゾクッとするほどピッタリ。 
その佇まいから、 たちのぽっていたのは、 “他者” というものの熱量でしょうか。
まるで、ちょうど、かわいいおばけの扮装をして、
「trick or treat~」と言って、お菓子をもらって歩いていたイタズラッ子が、
急にドロッとゾンビに豹変したみたいな。
(これが・・・もう、“待つ” のはやめたウラジミールの正体なの・・・?)



離婚の末に、今は不遇な境遇にある初老の男からすれば、
サークル活動をする、編集者の中年男が抱える仕事や家庭の悩みは、
小さなことにもみえるだろう。
2人の会話が、秒刻みでズレていく緊迫感。 
そこに、“犬”の狂おしい吠え声が、かぶさってきて・・・。



結局、初老男の死によって、中年男はサバイブする。
彼は、ギンズバーグの詩集をとじて客席に問いかける。
-- it‘s  very  hot ,isn‘t  it? 
(そもそも、事のはじめに初老男は、彼にこんなふうに話しかけてきたのだった)
ここで、彼の生命のオーラが、底なし沼のように、しずかに光るのでした。     
うーむ、こわい。
情報にのみこまれて、
自分を見失いかけているひとは多いーーそうだ、僕は、僕なりに、
“僕と犬と上着” のバランスをとってゆこうーーなんていうモノローグは、
もちろん、なかったけれど。



タイトルのWEARHOUSEは、倉庫、問屋。
ということで、これは、私がずいぶん前に作った短歌。

おなかグルルってなりませんように・・・いろいろな音がある倉庫3!
                                   (モナミ作)


鳴るまえのじぶんのおなかの音が、じぶんだけに聴こえてるようなときってない?
これって、ある意味、“他者” を聴いていること、ともいえるのではないかな。
なんて、また、また、こわい。



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『キネマの天地』知人のお誘いで

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こまつ座『キネマの天地』
作  井上ひさし
演出 栗山民也
@紀伊国屋サザンシアター(9/7)



わたしが大好きなキャストが勢ぞろい。
バックステージ劇(映画界)に、
推理劇の要素がもりこまれてる。
そんな、井上ひさし喜劇なのですから、
まー、おもしろくないわけがないのでした。



この芝居の時は、1935年。当時も今も、
“女優” という人種ってこんなもの・・・みたいな感じは、
おかしいくらい変わらないのは、どうしてだろう。
華やかさの向こうの、舞台裏の彼女たちは、 
ワガママ、ジコチュウ、タカビシャ、ジイシキカジョウ、
ケイサンダカイ、カンジョウテキ・・・etc.(笑)



“女優を演じる女優” というスタイルを、
テンポよく、破綻なくみせていたのは・・・、

 
  日本映画界を代表する大スター(立花かず子)・・・麻実れい
  “母物映画”主演の第一人者(徳川駒子)・・・三田和代
  新劇出身で、妖艶な(滝沢菊江)・・・秋山奈津子
  人気上昇中の新進女優(田中小春)・・・大和田美帆


こんな4人の言葉の応酬に、
けっこう感情移入できてしまうのも、たのしいことでした。
バックステージものって、いつも、とても自由な気分になるので、好きです。
現実社会と、舞台のあいだの楽屋には、
  実は “人生のエッセンス” がギュッとつまっているから、
  “ひとの気持ち” がストレートに伝わってくる 。
  それで、 “演劇脳” のはたらきが、アップ



ドラマのきっかっけは、
映画監督・・・浅野和之 の
妻である女優の急死。(1年前) 今は亡き女優の死を検証していくうちに、
悪口を言い合っていた4人の女優のこころが、ふと1つにまとまって・・・これは、
もちろん、監督の企て。  
ベテランながら下積みのままの役者・・・木場勝己
が、女優たちを上手にだましちゃう。
女優・監督・下積み役者ーーそれぞれの背中に、
演劇人の、せつなさがみえるラストです。



そういえば、女優陣が、
どれだけ重度の白内障を患っているかを告白するシーンがあった。
主役をはる大女優であれば、ライトに当たる時間も多く、
したがって、白内障の度合いもひどくなる・・・そんな時代のお話。
新人女優の目のなかには、白い点が。 そのうち、点が、梅干し大となる。
そして、めでたく、大女優となったあかつきには、
視野のまんなかに栄光の白いボールがうかんで消えなくなるとか。
目を病むことは、映画女優(美人)のステイタスというわけでした。
(もしかして、今でも、その気味あり?)



かの “沢村貞子エッセイ”は、こんなことを言っています。
この芝居の時代と、ほぼ同時代から実際に映画出演していた作者が、
80代になってのこした言葉。

  「他人に意地悪な眼鏡は自分にも意地が悪い。」
  「現実の自分をよくよく知ったあげくに、ほんのちょっぴり、自分をだまし、
   甘やかしてやらないと・・・」            
                                     『寄り添って老後』より
                                  




あ、よい喜劇って、よい眼鏡みたいなものともいえるかな。
日常のちょっといやなことを、なんとかして、
たのしいモードに変換することはできる。けれど、
なんらかの喪失と、たのしさをつなぐことって、むずかしい。
そんなむずかしさを、井上喜劇はあえてひきうけてゆく・・・・・・。

2011ebisu011

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