『アマデウス』モノローグのエネルギー

『アマデウス』
作 ピーター・シェ-ファー
演出 松本幸四郎
@ル テアトル銀座(11/15)
ピーター・シェーファーの、トニー賞受賞作品。(1982年)
18世紀ヨーロッパの、
あの、かつらとドレスの華やかなりし世界。
はじまりのシーンは、暗い部屋。
老境の宮廷作曲家サリエーリは、過去をふり返り、
モーツァルトの若き死について告白をはじめる。まるで、死神のよう。
甘いもの好きだけは今も変わらず、
“メレンゲのピスタチオソースがけ” をペロリとたいらげる様子、
くすっと笑いたくなります。
彼がぱっとケープを脱ぎ捨てると、
舞台はそこから40年前の宮廷に・・・そんな語り(幸四郎節?)が、
ほんとうに流れるようにスムーズで、
この舞台が日本でも、もう400回以上も上演されている歴史がうかがえます。
キャハハハハハ・・・、
狂おしい笑い声をあげて、
あかるい舞台の中央に、走り出てくる恋人たち。(新キャスト)
モーツァルト・・・武田真治
コンスタンツェ・・・内山理名
才能の粉を世界中にふりまくような、青年モーツァルト。
苦虫を噛みつぶしたような顔の、悔しそうなサリエーリ。
ここでもう、2人の関係がバッチリ表われてる。
私がみる、今年3回目の武田舞台。
ふわふわの純白かつらに白タイツ、おしろいパフパフのモーツァルトは、
サリエーリが大好きなメレンゲみたいかな。
その生い立ちからくるエピソードのように、
前半は、子供のようなおバカなふるまいを連発。
(ちょっとお行儀のいい暴れ方は、幸四郎モードとの調和?)
後半は、現実と創作のギャップに苦悩。
ここでは、“オキマリの芸術家らしさ” なんかは意識させません。
凛々しい眉。この舞台のモーツアルトのこころは一瞬一瞬うごいてる。
哀しい最期のシーンは、ミュージカルならあの歌声がきこえるところ。
武田モーツァルト・・・これもまた、ストレート・プレイの当たり役になりましたね。
「名もなきものを、私は赦す」
客席全体に向かって、やおら大きく両手をひろげたサリエーリが、こう告げて、
舞台はおしまい。
功名心と嫉妬心から、
モーツァルトを破滅させてしまったサリエーリにも、
その自責から解かれるときがきた・・・ピーター・シェ-ファー的には、
そういうこと~。 といっても、まあ、「ゆるす」もなにも、
甘いものフリークのおじいさんのアタマって、なかなかはげしいものかしら。
日々のつぶやきは一瞬に生まれる。 けれど、戯曲のなかで、
一生つぶやきつづけたサリエーリって、ものすごいエネルギーを
もっていた・・・・・・“ブロードウェイのスタミナ” をふっと思って疲れました。
ここちいい疲れ。
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