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5月6月舞台 

ちょっと、ごぶさたしてました~。
超特急思い出しレビュー(まずは、5月・6月いろいろア・ラ・カルト)です!


★声の不思議をみる



   ●『オディロン・ルドン~夢の起源展』
   @損保ジャパン
ン東郷青児美術館(6/30 )


なんとなく時代の潮流からはズレていた・・・そんなルドンは、ほんとに不思議。
モノクロと色彩、それぞれの作品の中から、
呼びかけてくるひとすじの声・・・歌っているのか、呻いているのか・・・。
それは地球にドラマ(演劇)がはじまるまえから、
世界をずっとみつづけているひとの声。
懐かしいけものの、息。

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   ●MANZSAI解体新書その弐拾弐
   @世田谷パブリックシアター(5/8)
   「息」~言霊・音霊のリプレゼンテーション~
    ゲスト  八代亜紀   やくみつる

今年2回目の、萬斎氏の“解体新書” 。
考えてみると、これも不思議な夜だった・・・。
「息・発声」をめぐって、
“野村萬斎vs八代亜紀” の、トークバトルがひたすらつづく。
2人の接点をみつけるような、そうでもないような、
やくみつる氏のあいの手もあるのでした。


今思い出すのは、
“切音不切息(せっとんふせっそく)”“一調二機三声(いっちょうにきさんせい)”
という言葉。 いえ、なに、メモ魔のマイ手帳のこの夜のページをめくってみたら、
そんな文字が記されておりました。
“一調二機三声”とは、狂言の謡のメソッドをあらわすもの。
息の“溜め“をつくってから、ゆっくりとしたタイミングで発声する。
一方、八代演歌は、“切音不切息”。これは、本来は、
僧侶の読経の心構えを説く言葉。
音は切れても、魂はずっとつながっているようにうたいたいーー。


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★ハスキーのいろいろ



八代氏は、最近ジャズアルバムを発表。
なんでも、少女のころに、ジュリー・ロンドンに心をつかまれたのだそう。


ところで、私、こどものころ、自分の声とはぜんぜんちがう
ハスキーヴォイスになりたいと思っていた。
(一番最近では、
コリーヌ・ベイリー・レイの声にムググッ)
なんていうか、とにかく、ふところの深さ を感じさせつつ、
たしかに「世界の涯」と交信している・・・そんな声がいいのである。


  ●『レミング~世界の涯までつれてって~』
    作 寺山修司
    演出 松本雄吉
    @パルコ劇場(5/25)


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今年(寺山没後30年)はやや“寺山オブセッション”みたいな感じになって、
パルコ劇場へ。寺山世界は、私にとって、
その幻想にインパクトを受けたり、          
あるいは、ウエットさをもてあましてしまうこともあったりする、
不思議ワールドです。


この『レミング』のなかにあった、
小さな木の打楽器っぽい“ポコポコしたリズム感"は、好き。
「おや、“維新派”みたい?!」なんてすぐ思って、しばらく舞台を
たのしむに及んで、あ、そうそう、これって、松本雄吉演出
だったんだわ・・・と気づく、という、
トンチキな時間差アタマに私はなっていたらしい。
維新派っぽい、あの、光を微分するような、
ちょっと乾いた、懐かしい時間感覚が、寺山舞台に調和。
八嶋智人×片桐仁のかけあいは上手。
常盤貴子は、夢の女のイメージ。一瞬ディズニー映画『101』の、
凶暴でおかしいグレン・クロースみたいになったり、
はたまた制服少年になったり。
舞台って、匿名の観客たちの夢の中に、
ポコポコポコ・・・と“言葉”を落としてくる装置です。
(この場合のポコポコした言葉って、
ひとびとの日常を、きわどいラインで異化しながら、
つねに身体といっしょにある日本語ということ)



★叫ぶってどんなこと?



そういえば、以前、私の周囲には、
「翻訳劇って不自然で、どうも・・・」と言うひとが多くて、
「えー、そこがいいのよ、翻訳劇大好き」と私はしょっちゅう言い返して
いたのです。
日本語たちに、記憶の内側をポコポコされるのもいいんだけれど、
テキストの激流に思いきり全身をまかせるのも、素敵なのだ。

   
    
       
        ●『ヴィーナス・イン・ファー』
    作 デヴィッド・アイヴス
    日本版演出 ロス・エヴァンス
    @シアターコクーン(6/18)

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出ました、久々の、“ザ・翻訳調舞台”。
両掌をまえに出し、肩をすくめて、「ワ~オ!」などを連発する
稲垣吾郎と中越典子。
これは、19世紀の、マゾッホ作『毛皮を着たヴィーナス』を下敷きにした、
現代の濃密な二人芝居。
マゾヒズムのはじまりを考えながら、愛の本質にまで迫るのです。
ニュートラルに語る、稲垣。表情豊かな、中越。
それで、なんだか、“稲垣吾郎くん”が出演するどの舞台をみても、
はじめは同じ、 “稲垣吾郎くん” がいるようにみえる。けれど、
すぐに、どんどん登場人物の固有の物語にひきこまれてゆく。
不思議な感じ。
この舞台のラストは、“ストーリーテラー吾郎”の、大きな叫び。
叫びって、翻訳劇でもそうでなくても、
主人公が、みずから強い愛の束縛を受け、
息を溜めに溜めたあと、ついに観念の鎖を断ち切った瞬間に発する、
声なのですネ。
(あ、萬斎さん的“一調二機三声”・・・これもまた、
抽象的な叫びなのかな?ムム)


   ●『WE AND I』
   監督ミシェル・ゴンドリー 
   @イメージフォーラム



ゴンドリーの『恋愛睡眠のすすめ』が好きなので、それ以来
新作のたびにチェックしている。
これは、アメリカ・ブルックリンの高校生たちの、バス下校中の
会話の記録である。
全編、1台のバスの中だけで起こるドラマになってる(かのような)
構成で、きゅうくつ感いっぱい。
男子グループを中心に、最悪マナーでイジメを拡散する彼ら。
その人間関係の中には、     
マイノリティー、幼なじみ、ゲイ、孤独、アート、未来の夢・・・そんな
タームが織り込まれていて・・・。
叫びにも、語りにもならない 〈ぼくら〉の声をきかせたかったのかな。
以前のようなオフビートの要素は抑えられていて、ブー。
『WE AND I』の、〈WE〉 も 〈I〉 も両方、
〈私〉 の中にいる、そう思うと、
きゅうくつさのあとに、やさしさがかすかに残るような、
ゴンドリー映画と思いました。

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コメント

ごぶさたしてます。
“切音不切息(せっとんふせっそく)”と“一調二機三声(いっちょうにきさんせい)”
すっごく魅力ある言葉ですね―。
メモするときのうれしさがわかります。(^^)

投稿: ぷきこ | 2013年7月30日 (火) 05時27分

あ、高柳さん、
ごぶさたしております。お芝居レビューに
コメントいただいていたこと
今気付きました。
ブログ見てくださって、
ありがとうございます。(*゚▽゚)ノ
客席で出会った言葉を、”私のキルト”に
再現できたときうれしく感じます。

投稿: モナミ | 2013年8月 8日 (木) 13時55分

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