« 2014年3月 | トップページ | 2015年1月 »

『花子について』、『フォー・レント』の多面体

2014年、2月の舞台を振り返ります。

Img_5269_3


現代能楽集Ⅶ『花子について』
作・演出 倉持裕
@シアター・トラム(2/8)

3つの掌編ドラマを、たのしくみました。
(掌編といっても、
この「現代能楽集」の企画シリーズ自体はいつも、
日本の古典劇の骨格を、大胆に現代に映しとろうと
しています)
さて、今回はというと・・・まず一部の舞踏は、
能『葵上』の世界。女(六条の御息所)の舞に、
黒田育世・宮河愛一郎のでこぼこペアがとりくんでいました。性別を超えて、
“二人で一人” でみせる“鬼”。
お次の二部は、狂言『花子』から生まれたコメディーです。
夫・・・小林高鹿  妻・・・片桐はいり  風見・・・近藤公園
ということで、妻が夫の浮気に爆発。脚本家は、もともとの狂言のストーリーを
変形させないで、
設定・会話だけ現代風にふくらませているってわかる。ポイントは、
妻は夫が勤務する「大日本軽金属」の社長令嬢で、
溶接作業もバッチリこなす(?)ところでしょう。昭和風? なんだか、このごろは、
昭和/平成のセンスの境界線が、言わずもがなの時ですら
すぐ話題になったりするけど、“ひとが笑う”ってことには、
昭和も平成も本当はカンケイない~とも思うんですけど。それで、さいごの
三部のストレートプレイでは、三島由紀夫『近代能楽集』の
『班女』の、花子(西田尚美)が、今のネット上で「センスさん」と呼ばれてる。
去った恋人をまだまだ待ち続けている花子と、
彼女を我が家に囲いつづける実子(片桐はいり)・・・やっぱり、そう、
この“狂女” というものにも、昭和とか平成とか、小さな区切りはもちろん
カンケイない。そこが、いいと思う。




Img_5270

ピーピング・トム『A Louer/フォー・レント』
@世田谷パブリックシアター(2/25)  
     


“奇妙な幻想のダンス” などと言われるものが、
ずっと好きだった。
ベルギーを中心に活動する「ピーピング・トム」は、
数年前からなんとなくみてみたいなと思っていた
グループです。
今回の『フォー・レント』は、
売りに出された古い屋敷の女主人と使用人と老人たちの
奇妙なドラマになっている。とても小さな鎖された世界だけど、
その中でいろいろな時間が錯綜して、
すごく多面体な舞台って思いました。
感情とアクロバットと諦観とイタズラと・・・それから
ヨーロッパの見世物小屋の匂いもします。(プロ・アマ問わず一般公募の
日本の人たちも
上手にゾンビみたいに歩いて溶け込んでいました。ムードたっぷり~)


Img_5015

今考えると、
“懐かしいけど刺激的” という点では、『花子について』と
共通する感じもあったかもしれない。具体的に言うと、
二人の人物の名前があげられる。  『フォー・レント』の登場人物(歌手役)は、
なぜか、「今日オペラのオーディションで 
“ハイリ・カタギリ”に役を奪われた」なんて、泣くのです。
ハイリ・ワールドって、これもまた多面体的なのか。(世界の作品にも、もっと
出てほしい~☆)
それから、両舞台のポスト・トークに、野村萬斎氏が登場しました。
ピーピング・トムの
振付家フランク・シャルティエ本人は、作品にただよう“はじける老愁”からは
まだ遠い、ソフトな雰囲気。そんな彼に、萬斎氏は、
“狂言で言われる、老いの花(aged flower)とは・・・”と芸の境地について
ソフトに語っていた夜でした。


Img_5044_1_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年度下半期舞台思い出しピックアップ!②

“思い出しレビュー” 続行中です!
さて、秋には、こんな舞台あんな舞台・・・。


『ロスト・イン・ヨンカーズ』
作 ニール・サイモン
上演台本・演出 三谷幸喜
@パルコ劇場


私だけだろうか。
運転が上手すぎるひとの車に乗っていると、だんだん目が回ってきてしまう。
そんなふうに、舞台をみていてふいに
異次元感覚にとらわれることがあります。あ、舞台って、そもそも異次元か。


時は1942年、
ユダヤ系で、収容所体験があり、今はニューヨーク州ヨンカーズで、
小さな雑貨店を営む頑固おばあちゃんミセス・カーニッツ(草笛光子)の家に、
家族が集まってきて・・・すべての出来事は、
ローティーンの兄弟ジェイとアーティーの目をとおして、
なにげない言葉(三谷式)で語られています。
これって、遠いセピア色の、やさしいアメリカ? いえいえ、このドラマは、
たとえば、
“はじめはなにやら煽情的にみえる(じつはそれほどおもたくない)系”のドラマとは
全然ちがうテンポで進む。
ミセス・カーニッツと同居しているベラ(中谷美紀)のテンポは、
世界と少しズレています。(だから、「頭がよわい」なんて言われてる)
彼女の恋は迷走。日常にすっかり撒き散らかされた完璧な絶望のなかを
ひとびとが少しずつ、少しずつすすむ、そんなお話でもあるかな。
結局、私は、
そこはかとなく怖ろしいような、悲しいような、
それでいて、ちょっと晴々したような、へんな気分。
(芝居をみたら、こういう気分にならなきゃね☆っていう気分)


それで、この舞台の、 “少しずつ、少しずつすすむ時空”というのは、
あくまでもベラやその家族固有のもので、
今の私たちの生活にまるごと置換・拡散されたりするタイプのものでも
ないんでしょうが・・・。

Img_2663


『萬斎解体新書その弐拾参 特別編「萬斎」 』
@世田谷パブリックシアター(10/ 26、27 )


神無月、最後の週末の、野村萬斎氏の「解体新書」!
いつもは一夜限りのトーク舞台が、今回はなんと3日連続になっている。
各日のテーマは、
金曜日・・・「舞」、土曜日・・・「映」、日曜日・・・「娯」
でした。私は土日に参加。ゲスト・・・犬童一心、いとうせいこう。
犬童氏とのトークは、萬斎主演映画『のぼうの城』などのお話に。
また、いとう氏の文系トークを聴くのは、個人的にひさしぶりでした。そして、
今でもはっきりおぼえているのは、3日目の萬斎氏の「ボレロ」のパフォーマンス。
〈瞑想〉から 〈跳躍〉へ・・・〈ボ・レ・ロ〉という言葉に含まれるすべての色素が、
私の胸の中で漂泊されては、もう一度、鮮やかにぬり替えられました。



いのうえシェイクスピア『鉈切り丸』
脚本 青木豪
演出 いのうえひでのり
@シアターオーブ(11/14)


2012年早春、放火(『金閣寺』)
2013年初春、血しぶきの銃殺(『祈りと怪物』)
そして、ついに・・・2013年秋、鳥葬(『鉈切り丸』)。
私がみる“森田剛ワールド”は、一体どこまでふくらんでゆくのでしょう。
えーと、これは、『リチャードⅢ世』を日本の源平合戦に置きかえたドラマで、
シェイクスピアの残酷と、平安~鎌倉の闇が
舞台上で存分に絡みあう、という趣向になっていました。
異形のダークヒーロー、源範頼(頼朝の弟)の登場シーンでは、
そのシルエットと第一声に、観客一同 “ゾクッ!” それからあとの、
舞台全体は、たとえば、
二ール・サイモン絶対最高!という人なら、どよ~~んとなるような
ある種の“陰惨ライン”にのっかった展開ともいえるんだけど、
その感覚は“生々しさ”とも、
“毒々しさ”ともまたちがうもの・・・。なんていうか、
これって、 “せっかち勝ち”(?) 登場人物はみな、一瞬一瞬をとりあえず早口で
決めてしまいたい、と思い込んでいるみたい。それが、不快。
シェイクスピアだけど、なんとなくフラメンコのリズムが聴こえそうで、
やっぱり聴こえない気もするような。                
それでも、 この舞台からこぼれる
特別な “痛みと憧れ”には、
逆に、“急がば回れ、ポコ・ア・ポコ~” って、ラストには少しばかりラテンな拍手を
送りました。とくに、俳優陣へ。            
硬くてやわらかい源頼朝(生瀬勝久)&
目が透明に輝いてる北条政子(若村麻由美)のコンビなんかも
おもしろかった。

Img_5048_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年3月 | トップページ | 2015年1月 »