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『敦』とトラヱさん


お休みしていたブログ、またはじめます。
どれだけつづくかな?


『 今、私が歌いたいうた100 』




1.
♪Desafinado  (1959)
               作詞  Newton Mendonça  
               作曲  Antônio Carlos Jobim
 

 

  私は、クマヱ。妹は、トラヱ。昭和一ケタ生まれのニンゲンの姉妹です。父は、
古風で頑固一徹。とはいえ、どういう考えから、あの時代に、こんなイカつい、
ケモノ系の名を女子に与えたのかーー幼い姉妹は、折りに触れては訝しんだもの
です。どうせなら、何かもう少し可憐な生物の名をつけてもらいたかったなと
思ったりもしました。まぁ、それで、私たちは妙齢になると、それぞれに
琴子・笛子と自ら名乗り、当面の問題解決をはかることにしたのです。
                                

                    ○
 

 「琴子」としての私の人生は、先ず「G演劇研究会」というものに所属する
ところから、始まりました。あの頃はといえば・・・下級生はみな、
〈基礎体力〉をつけるべく、映画の蜘蛛男式に、高いコンクリートの塀に
ピタッと貼りついて向こう側へ飛び下りるというような訓練を日々やらされて
いました。上級になると、私は小さな地下劇場の舞台に、時々立ったりしました。
 そのころ、妹のトラヱも、同研究会に入会。「笛子です!」って、あの子は
スムーズに自己紹介していましたっけ。歌唱指導のK之介さんは、実は
ピアノはあまり上手とはいえない感じでした。そのうえ、ある日なんと、
古いクロイツェルのピアノの蓋がパタンと落ちてきて、鍵盤上の彼の指を
まるでマンガみたいに噛み砕いてしまった。泣きそうなK之介さんをあの子が
すぐに近くの総合病院へ連れて行って、翌日には、二人とも私たちの目の前
からいなくなっていました。
 しばらくして、私宛てに届いた手紙には、あの子とK之介さんはボストンに
いること、もうすぐ子供が生まれること、ここでずっと暮らしていくことが、
あぶり出しみたいな薄い茶色のインクで綴られていたの。その文字には、
いつものトラヱの、あの暢気な調子のしゃべり方がまるごと載っかっている
みたいにみえて、その瞬間から、私はもう、不思議に落ち着いた気持ちに
なっていました。
                

                    ○
 

 私は、大手メーカーの風呂掃除洗剤のCMに2回登場。やがて、自分の
劇団(団員数1名)を立ちあげました--それが、えーと、何年前、いえ
何十年前の話だったかしら?今日は、薄緑色の空に、太った水滴が
いっぱい貼りついているのが、鬱陶しいような。それでいて、どこか愉快な
ような。これから、天気がうんと崩れるらしい。
 
                    ○
 

 夕方には、私の息子のK一郎が出張先の外国から帰ってきます。え?たしか、
ボストンだったと思うけれど。K一郎の父親は、やはりK之介さんです。
いつだったか、以前、K之介さんがお稽古場で言っていたわ。「あのね、
歌い方っていうのは、出会い方なんだよ。きみは今日、この曲とどんなふうに
出会う?」「どんなふう・・・って?」私は彼の横顔をちょっぴり不服げに
眺めました。「琴子さんはたった今、この曲のはじめの音を待っているね」
 クマヱの私は何を待っているだろう?この頃時々考えてみるのです。生物は、
結局、ニンゲンだってドウブツだって、みないつも何かを待っているのだと思う。
先日、妙な噂を聞きました。妹のトラヱが、遠くヒマラヤ辺りのほうに仲間と
暮らしているって。真夜中になると、あの子は激しく歌うのだといいます。
メタリックにくぐもった大気の膨らみの奥から、夏の燐光だけをいっぺんに
かき集めては、もう一度まき散らして。それにしても、一体なぜ、ーー?たぶん、
今、そういう時代が巡ってきたから。あぁ、あの子はいつのまにか、はりつめた
時間の表面張力になって、くり返される一日一日を包み込もうとしていた
のでしょうか。
 
                   

                    ○
 

 
  「琴子さーん!」
鼠色のツナギの作業服を着て、バケツをもった女の人が誰かを夕食に
呼んでいます。(あんなに大きな声で誰を?)私は、クマヱ。クマのクマヱ。
そうそう、これから私、郵便局に行って大事な小包を出してこなきゃいけないん
だったわ。でも、どうしてかしら。何本もの鉄の棒が格子状に
なって私のまわりをすっかりとり囲んでいるんです。

 
                       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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野村萬斎構成・演出の『敦』の再々演を6月に観ました。
中島敦の『山月記』と『名人伝』が、スペクタクルになって、
とてもおもしろい舞台。初演のときから、大好きでした。
詩人李徴の“悲しみの虎モード”に、
映像の解析技術に支えられた、どこかブラジリアンな身体が
映ってみえる気がして、
たぶん、
李徴は、調子はずれ(デザフィナード)と思ったり、
萬斎氏が、父・万作氏のふわふわの白髪をとかす音がきこえる気がしたり、
どこにもない時間が、そこにあった。
9月には、『解体新書その弐拾五』で、あの時間の中が透視されて、
なぜかふいに、私はトラヱさんを思い出しました。



 

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