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Night And Day




(今、私が歌いたいうた100)



3.♪Night And Day(1932)
 

                         作詞・作曲 Cole Porter





谷山一子先生


  先日は、お久しぶりに、偶然お目にかかり、とても驚きました。

あれから、小学校で教えていた当時のことを色々思い出しております。
 


  大学卒業後、私は、H小学校に3年勤めてから、Y小学校に

転任。ここで一子先生とご一緒になりました。

それからまもなく、結婚を機に教職を退き、その後はわが子の

成長と日々向き合っております。
 


  Y小に来たばかりの私がはじめて

お目にかかった一子先生は・・・

うすいシフォンの、ラベンダー色のワンピースに、真っ赤な

アーガイル模様のウールベストという不思議なコーディネートで、

後ろ向きに立っていらっしゃったのです。すでに教師歴三十余年の

貫録。二年生の担任でした。

先生がふり返ると、

金茶色に染められた縦ロール髪が揺れ、ガッチリの黒縁眼鏡が

光りました。

そして、口紅はワンピースと同じラベンダー色!



  先生は、運動するのは大嫌いのご様子。しばしば、「体育」は、

時間割から急に削除されていましたね。

(その日、先生がやりたくない気分の教科も!)

そして、あの膨大な〈宿題の山〉。あれは、言ってみれば、

小学2年生に徹夜をさせかねないくらいの、とにかく、

大変な量にみえました。 
 


  教師のあいだでもっぱら噂の種になっていたのは、

“一子学級”で、ひたすら実践されていたあることーー。つまり、

目をとじて、広大な宇宙に想いをはせる、

一子先生がおっしゃるところの「メイソウ」です。

 
 そんな時間は、子どもたちにとって、ひどく異質なものだった

ことでしょう。なのに、なぜか、あのひっそりと静かに閉ざされた

教室をとび出す子は一人としていなかった・・・。



 正直に言って、疑っていました、私。

「このような教師が公立小学校にいるなんて、おかしい。

ひょっとすると、このY小には、何か私には知らされない暗黙の

了解事項があるのだろうか・・・」

もしかすると、一子先生は過去のどこかで、

あの “児童中心主義の教育の理念”を一度すっかり

捨て去っていたーーそして、教室を“キケンな密室”に変えた・・・。
 

 
今ごろになって、勝手な解釈をふくらませてしまったみたいで、

失礼いたしました。またお目にかかれる折まで、

どうぞお身体お大切に!
                              

                                小沢なな子
                 


                     ○


小沢なな子様

 
  お手紙、拝読。
 

  あなたが今もおぼえていらっしゃる「メイソウ」のこと、

少しお話しておきましょうかーー。
 
 

  あなたもご存じだったでしょう?私の教室の、あの黒板には、

いわば、“隠し扉”的なものがしつらえられていたこと。その扉の奥の

スペースに、私は、自分専用の小さな棚とお茶のセットを置いていました。
 

 
  そう、その棚には、お茶にぴったりの“あるもの”が、

常にたくさんしまってあったのです。オトナだろうがコドモだろうが、

誰だって、空高く意識を集中させて、大気圧の向こうに呼びかける

ためには、ちょっぴり余分のエネルギーを摂取しなければなりません

からね。もちろん、2年5組の生徒たちも。
 
 

  夜色のカカオ、昼色のクコの実、翡翠色の虫の粉・・・

色々調合して、私がつくった“あるもの”が、前頭葉をぐるっと回って、

10分くらい経つと、ひとりでに、しっかりした意識の土台になる。

そうなると、子どもたちは、次々と教室の天井をすりぬけて、ゆっくり

大空へ舞い上がっていく。笑い声をあげて、好きな雲のまわりを漂って。

ひとしきり漂うと、全員自分の椅子に、自分の力で、ちゃんと帰ってきました。
 

 

  でも、それは、もう、むかしのこと。私はもう、あの眼鏡だって

かけていないのです。秋の夜風が湿った瞼の上をひんやり通って、

鏡の中にすい込まれていきます。
   
 
  少し長めのお返事になってしまいました。

では、なな子さん、またお会いいたしましょうね。おやすみなさい。
                             

                                   谷山一子



p.s.統計上では、10歳未満の空中浮遊体験の記憶は、その後につづく

    生活のなかで、時々役に立ったり、立たなかったり・・・。

   まぁ、主に大人の眼精疲労などは、この記憶の上にかろやかに、
   
       そして密やかに、全部のっけてしまえばいいんです。




Nightandday_2



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Day By Day 

 


 「今、私が歌いたいうた100」




2.♪Day By Day (1945)  


                作詞 Paul Westo
           作曲 Axel Stordahl ,Sammy Cahn      




 真野恵介は、吉田多摩子に、あくまでも軽い感じでたずねる。
  

  「ダイジョウブ?」

こむら返り。正式に言えば、腓腹筋痙攣(ひふくきんけいれん)。突然これが

起こったときには、はじめはとにかく息を止めて、何もしゃべらず、しばらくじっと

痛みに耐えているしかないのかもーーって、吉田多摩子は思っている。

多摩子の場合、ここですぐにパニックなんかになって、のたうちまわったり

しないように十分気をつけなければならない。意識が動揺すると、筋肉もさらに

興奮するもので、症状はどんどんエスカレートしてしまう。へんに自力で治そうと

するのはもっと危険なのである。かえって患部そのものを拡げてしまうことにも

なりかねないから。しばらくしたら、ゆっくり深呼吸。なるべく安静の体勢を

持続させて、焦らずに時をおく。


   「大丈夫?」
 

 今度はやや心配そうに聞いてみる、真野恵介。今、稽古場の床にごろんと

転がって小さくまるまっている吉田多摩子は、ピンクのジャージの上に、グリーンの

パーカーをひっかけて、なにかおちゃめな感じになってる。だが、よく見れば、

ひたすら痛みをこらえるその表情には、むしろハードボイルドな影さえただよう。

眉間にあらわれた一本のタテ皺が、みるみるうちに深くなり、いかにも苦悩する者

という風にもみえてくる。けれど、そんな多摩子をぼんやり見下ろして、恵介は

やっぱり暢気なような言い方をするのである。「大丈夫だよ。じっとしてればそのうち

ゼッタイ治るからねぇ」多摩子のケータイに来たメールを、代わりに恵介が

読み上げる。「えーと・・・〈小憎たちが暴れています〉・・・だって」今夜、多摩子の

二人の息子たちは母と実家にいる。5才の、一卵性双生児である。「〈おうちに

帰りたい、と言っています〉・・・だって」ここで、多摩子のあたまの上に、誰にも

見えない吹き出しが出る。
 

 【あぁ、魔法は解けてしまったみたい・・・】

駆け回る双子の5才児を静かにさせる魔法ーーというのが使えるのだと、

多摩子の母は常日頃から自負している。ただし、効き目がもつのはきっかり

15分、それ以上は何をどうやっても無理、とのこと。ふいに、真野恵介が、

窓のほうを眺めながら小さくつぶやいた。

 
 「また、戻って来てよ」

主に双子問題(?)なんかのために、この公演が終わったら、吉田多摩子は

劇団を去ることに決めている。という事実は、真野恵介にしかまだ告げられて

いない。
                 
 
                   ○
 

 
 真野恵介は、ちっぽけな航空会社の飛行士だった。空を飛んで10年目の夏、

飼い猫を失う、交通事故で。それから、空は猫の面影で充たされた。やがて、

猫の形がすっかり空に溶け込んでしまった頃、恵介は妙にハッキリした確信に

押されて、朗読劇の世界にとび込んだ。この稽古場に来ると今も、自分が

知らなかった言葉の航路が、目の前にスーッと開かれていく感じがする。ここから

なら、しずかな星々のあいだを渡って、もう一度猫に会いに行ける。
 

 (そういえば・・・)
 

 結婚前、恵介の妻はデートの待ち合わせに遅れることを、「星になる」と

言ったっけ。あの頃は、「星になる」のはたいてい自分のほうだったのだ。

もしかすると、今もーー。そう、たった今だって、自分は吉田多摩子の痛みと

沈黙のはるか上空に、たよりなく浮かんでいるだけみたいに思える。これは

これで、ある意味「星になっている」気分だ。チタン縁の眼鏡を外して、グレーの

Tシャツの裾でレンズを拭く。それから、今まさに沈黙の淵にある多摩子の傍らの

床に、ゆっくりと腰をおろす。一瞬、多摩子のツムジがぱっとピンクに輝いた。

(というか、「輝いた」と恵介は思った。もちろん、そのツムジからまた現われた

例の透明な吹き出しは、恵介には見えていない)
 

 【ふむ、カンタンはムツカシイ。ムツカシイはカンタン】
 

 今度の吹き出しの中に入っていたのは、多摩子がよく聴くソング・ライターの

カーリー山田(推定98歳)のつぶやきだった。
 


 【カンタンはムツカシイ。ムツカシイはカンタンーー確かにその通り。そう、ワシの

 場合、音と言葉は、ワシの中でいつも〈待ち合わせ〉しとる。若いカップル

 みたいにじゃ。それで、しばしばこの二人のどっちかが、すごく遅れてくる。

 けれど、二人は別に気にしない。どうしてかって?それは、うーん、つまり、

 〈待ち合わせの場所〉っていうのは、待ち合わせをした時点で、本当はもう二人

 だけのものになっているんじゃ。ってことは、二人はそれぞれの意識の中で、

 もうすでにそこを通り過ぎてしまっているともいえるわけで、そうすると、
 
 その場所は、〈二人がもうすでにいない場所〉ともいえるわけなんじゃ。

 (そこには、互いがかつて思い描いた、未来の痕跡があるだけ)それでも、

 ワシが歌えば、二人はどこかできっとまた出会えることになっとる。というか、

 ワシが歌うたびに、二人は何度でも初めて出会うんじゃ。】
 
 

 この完全に透明な、ちょっと偏屈な吹き出しは、たった今、さらに深まった

吉田多摩子の眉間の皺とは関係あるはずもなく、ここで、真野恵介は、自分でも

唐突に思えるような、それでいて完璧ともいえるようなあくびを一つした。それから、

寝転んだ。しばらく、こうして天井を眺めていよう。多摩子のこむら返りが治るまで。


 

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