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舞台 『黒蜥蜴』、『お蘭、登場』



らんだむ思い出しレビュー   2018年の江戸川乱歩



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クリスマスもすぐそこ。きのうは、あたたかでしたね。

まるで、夏みたい。

さて、今年、私がいちばんはじめにみた舞台って

なんだったかな・・・それは・・・
 
 緑川夫人・・・中谷美紀
 
 明智小五郎・・・井上芳雄

『黒蜥蜴』。キャスティング、良い。この『黒蜥蜴』、

意外とスッキリしていそう、と思っていたら、やっぱりスッキリ

してました。演出は、デヴィッド・ルヴォー。そういえば、


ルヴォーの演出って、いつもスッキリ系。あるいは、全体的に

ヒトミのキラキラに包まれてる系かも。ルヴォーの日本戯曲の

演出では、その戯曲がこれまで負ってきたいろんな評価とか

イメージとかがいったん洗い流されているみたい。ドラマ全体が

しっかりシャワーを浴びて出てきた感じ。(ただ、あまり皮脂を

落としすぎないでね・・・舞台へ乾燥注意報を出したくなるスッキリ度)

うっすらただよう香りは、ムスクじゃなくて、もっとさわやかなもの。

だから、これは、『黒蜥蜴』ゼッタイ苦手!という向き(?)にも、

OKな舞台になっていたかもね。
 

 緑川夫人って、ぬらりと来て、するりと去る、蛇っぽいひとでしょうか。

今回のマダム緑川は、スレンダーな黒髪ボブ。ときに、両生類というよりは

“アンファンテリブル(恐るべき子ども)”の荒々しさをふりまくかのよう。

そんなマダムの、「つよさの奥に、ある種の純粋さを秘めた」横顔が、

ルヴォーによって強調されていたーーそんなふうに、私は受けとめました。

(中谷ひとり舞台『猟銃』のストーリー・テリングは、ゆるやかに感情に沿う。

今回は、さらにもっと硬質なキャラクターに挑戦していたんですネ)

明智探偵とマダムのかけひきのさいごには、一発の銃声が。

あー、明智の嘆きの両腕に、マダム倒れたり。「ほんとうの宝石は、

もう死んでしまったのだから・・・!」天を仰ぐ明智でありました。

(そして、マダムはテネシー・ウイリアムズの世界にリボーンして、

中谷ブランチとなったのよ・・・って、これは私の妄想キャスティング )

 

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 もうひとつ、乱歩舞台。

 シアタートラム日本文学シリーズはついついみてしまう。

今回の
『お蘭、登場』は、乱歩世界をベースにした北村想作品で、

演出は寺十吾。小泉今日子・堤真一・高橋克実の3人芝居は、

”ダンサブル”。(コトバが踊る感じ)

 寺氏は、昨年上演された『お勢登場』(倉持裕演出の乱歩オムニバス)の

舞台で一人何役もこなしていましたっけ。今度の『お蘭、登場』では、

小泉お蘭が“七変化”。“神出鬼没の謎の女”――おもしろい役どころ。

やはり、この作品には、小劇場シアタートラムの空間が合っている。

”謎の女”が、たとえば、ホルスタイン模様の衣装のアイドル歌手に

変わってすぐ近くで歌っていたりして・・・時間軸がゆれて、愉しいめまい。

女を追う刑事2人の会話は、必ずどんどんアドリブ方向に逸れていく。私は

少し”アドリブ酔い”に。(客席には頻繁に笑いがあったけれど、

私はクスッとした程度・・・でも、それは決して大しておもしろくないからとか、

よくわからないからとかじゃない。あえて言うなら、このおもしろさを

咀嚼していたかったから)

 

 この戯曲のなかには、「冤罪」というテーマが通奏低音としてずっと

流れていました。どこまでが真で、どこまでが虚かーー永遠に知りえないものの

恐ろしさが意識された瞬間、舞台はいっそうマジカルにふくらんでくる。

そのふくらんだところが、今、思い出しレビューを書いていると、もっともっと

風船みたいにふくらんでくる。感想は、十人十色。だけど、私がいつも書

きたいと思っている”感想文”は、知りえないものと魔法のあいだで

なにげなく綴られていくようなもの。(自分の想念に、舞台をおとしこまないの)






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